硫黄地獄

2010年02月17日

精神的貴族であるということ

学生時代、雀荘でテレビを見ていました。
雀荘に置かれているテレビというのは、麻雀に集中できるよう音が消してあります。

そのテレビからデスね、ニュースが流れたんデスよ。
「28歳男性餓死」というテロップが出ました。

音がでれば何の問題もなく「28歳男性、餓死」と読むことが出来たハズです。
しかし音が消されていたテレビだったために、「28歳男、性餓死」と読んでしまいました。

この飽食の時代、餓死をする可能性と性餓死をする可能性とを天秤にかけたならば、性餓死の方が可能性は高いと言わざるをえません。

つまりボクが「28歳男、性餓死」と読んでしまったのも詮無きことだと言わざるをえません。

では、性餓死とはどのような状態を意味しているのでしょうか?
今日は、そのあたりについて考えてみたいと思います。

性餓死。
漢字から察するに、性に飢えて死ぬことだと思います。
ここで1つの問題が。
確かにボクも常日頃、性的に飢えてはいます。
だって、なかなかショートカットの陸上部っ子とセックスする機会なんてものはありませんもんね?

そう、ボク達は常に性に飢えていると言っても過言ではありません。しかしながら、ボク達は生きています。

それは何故か?
サクっと射精してしまうからデス。

つまり、どこかで妥協してしまうワケですね。
理想的な「性的欲求の発露」が叶わなくても、ボク達は何となくで射精出来てしまうんデスよ。

にも関わらず「28歳男性」は性餓死してしまったのデス。
つまり彼には、どうしても妥協が出来なかったのでしょう。

自分にとって最良の射精以外では、性欲の発露をしたくないという思い。
このゼロか100かという極論。
至高の物を手に入れることが出来ないならば、いっそのこと何もいらないという発想。

まさに精神的貴族だと言わざるをえません。
しかし、この貴族性故に彼は死に至ったのデス。

世間は性餓死をした彼を蔑視するするでしょう。
しかし、本当は彼があまりに高潔だったからこその性餓死だったということを、ボク達だけは知っててあげましょう。

彼の魂を慰める方法を、ボクにはそれ以外思いつけません。
posted by 二酸化硫黄 at 02:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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